■紫藤晶と柘植三波のお話


紅をからかうのに飽きた俺は、そのまま足を相談室に向けていた。
校内全面禁煙なんてとんでもない。喫煙者をもっと優遇すべきだ。個室を一つ作るとか。
まあそういった意味では相談室は俺の部屋だから、喫煙室も同然。いわゆるオアシス。
バレたら減俸だなこりゃ。でも俺の可愛い生徒に口を滑らすような子はいないけどね。

この学園でタバコを吸ってると、昔を思い出す。
なにしろ俺も学園出身者だから、思い出のひとつやふたつあるわけで。
まあ、若かりし日の俺はやんちゃだったなー。名前の思い出せない女がたくさんいる。
先輩にも、後輩にも、あっちこっち手出してた。
あの頃は楽しく生きられればそれでよかったんだけど。
今は、とりあえず先生だし、周りにいる相手は俺より年上の先生か、生徒。
教師と生徒の恋愛なんて、上手くいくわけないし、
それに、俺はもう当分、独り身でいいと思っている。
女とか、恋愛は…面倒だ。
それを知らずに青春している奴らを見ると、応援してやりたくて、
その裏側で、心底馬鹿にしている俺もいた。
いずれ、あいつらにもわかる時がくるだろ。

恋愛なんて、めんどくさいだけだ。

「じゃあ、今日の帰りは?」
「別に良いけど、あと2人いるよ?」
「…もういい。2人っきりになれる日あったら連絡して」
「うん、わかった」
「私の事、好き?」
「……好きだよ」
「、嘘つき」

俺が向かう下りの階段とは逆側からゆるい声が聞こえて、
それと同時に女の子が駆け下りてきた。
ゆるい声の主はその後を追うでもなく、そのままぼーっと階段の踊り場に座っていた。

「いいのか、彼女」

いつもの調子で話しかければ、奴は一瞬、心底悲しそうな顔をして、へらっと笑った。

「彼女じゃないですから」

柘植は何かと目立つタイプの人種で、
さぼって昼寝している所や、女に囲まれて廊下を歩いているのをよく見かける。
最初は昔の俺を見ているようで面白かったが、今は違う。
こいつは俺に似ているようで、全く違う、至極めんどくさい性格だということがわかったからだ。
俗にいう、器用貧乏ってやつらしい。

「おまえ、いい加減誰か一人に落ち着け。そうすれば、こういうのなくなるだろ」
「あはは、考えときます」

俺が少し真面目に言ってみても、のれんになんとやらで、
あいつの返事は俺の言葉を見事に通過させていった。

俺はただ、遊ぶ相手が欲しかったし、可愛い女の子を近くに置いときたいってだけで、
好きだ嫌いだとかそういうのはなかった最低の人間だったけど、
こいつは、そうじゃない。みんな好きで、みんな好きじゃないんだ。
なのに流せない。断れない。みんなに好きだというから、そういう性格として定着していく。
本人はきっと、思っていることをそのまま口にしてるだけだろうけどな。
人類愛なのか、恋愛なのかの線引きが上手くできてないから『みんな好き』なわけだ。
それがつもりにつもって、今の柘植が出来上がってる。
相手が傷つき、それによって自分も傷ついていく。

「もっとさ、楽に生きろよ?俺みたいに」

柘植を見てると、息がつまる。
俺には自分で自分を傷つけて、痛がってるようにしか見えないから。
そしてそれをどうしてやることもできない俺は、
きっとまだまだカウンセラーとしての勉強が足りてないんだろう。

なるべく普段通り、ふらふらと手を振ってみると、
それを見て柘植は目を細めて笑った。

「晶さんみたくなったら、余計に心労増えそうだから嫌です」
「はは、そうだぞ、大変なんだぞ、カウンセラーって」
「知ってますよ。人の気持ち、受け止められるなんて、すごい仕事だって思ってます」

こういうセリフがきっと女を駄目にするんだなーと頭の片隅で思った。

「あ、でも、結衣ちゃんに手ェ出すと、紅に殺されるからやめといた方がいいですよ」
「だしません。俺は大人のお姉さんにしか興味ないの」

少し元気になった柘植が立ち上がるのを見計らって、俺は階段を降り始めた。
とにかく早く相談室に行こう。そしてタバコを吸おう。
全く今日は、仕事が多い日だ。
仕事終わりのオアシスを目指して俺は足を進めるのだった。