柘植三波と白石春樹のお話
晶さんが去っていくのを見届けてから教室に戻ると、俺の席にはなぜか先客がいた。
まあ、なぜかなんて言うまでもなくて、
こいつがここにいるのは、大抵俺を叱りにきている時なのだけど。
「春樹、何やってんの?」
俺が帰ってきた事に気づいた春樹は、少し眉をひそめてため息をついた。
「柘……ちょっと付き合って」
「いいよ。翡翠ー、俺次休むわ、先生によろしく」
眉を潜めて、悲しそうな顔をしたまま春樹は教室を出て行った。
俺も翡翠に一言かけて(後でうるさいから)春樹の後をついていく。
明るくて、にこにこしてて、バカやってるときの春樹が俺は好きだけど、
こうやって呼び出される時はいつも、数歩下がらないと息ができなくなる。
いつもみたく、上手く笑えないんだ。
美術準備室。俺と、春樹と紅の秘密基地。
3人でサボったり、馬鹿な事企んだりするときはいつだってここだった。
でも最近はもっぱら、こうやって春樹に呼び出されて怒られる場所になっていた。
「お前さ、もうこういうのやめろって」
真剣に、そしてつらそうに、春樹はいつもその言葉を口にする。
誰にでも好かれる春樹が良く女の子から相談受けてるのは知ってる。
それの半分以上が、俺絡みの事だってことも知ってる。
だからこういう顔させてるのは俺のせい。
ふいに俺の頭にさっき別れた女の子の顔が浮かんだ。
ああ、なんだかやっぱり息が、できないな。
俺はただ、みんなと仲良くしていたいだけなのに。
「ほら、それにさ、結衣ちゃんにも変な風に思われるぞ!」
急に声のトーンが上がったと思ったら、聞き慣れた名前に顔をあげる。
春樹の顔には笑顔が戻っていて、気がついたら話は俺への説教から彼女の話になっていた。
最近こいつの口から良く聞く名前。紅からも良く聞く。
3人で話すときはもっぱら彼女の話だ。
紅は、まあ、本人もわかってるし、幼なじみだし。
でも春樹はきっと、自分の口から結衣って単語が出る回数が増えてる事も、
自分の気持ちも、全然わかってないんだろうな。
こいつの中で友達って枠組みはものすごくでかいらしい。
それが曖昧になってる俺から見れば、その生き方はすごくうらやましいけど、
お前はどこまでそれで誤摩化せるんだろう。
「なんでそこで結衣ちゃん?」
「へ?んん?何でだろう、最近良く話すからかな、そうだ、この間もー」
「春樹は本当に結衣ちゃん好きだね」
「それを言うなら紅だろ〜あいつの過保護っぷりは異常だからな」
そこまで話していて、気がついた。
春樹は誤摩化してるんじゃない。気がついてないんだ、本当に。
これは、なんていうか、
「にぶい・・・」
「え?何て?」
「いや、何でもー」
つい口にでた。そして笑みまでこぼれる。
だって俺今、ちょっとムキになって意地悪言ったつもりだったのに、完全に流された。
つーか流れた。
結衣ちゃん大変だ。やっかいなの2人に捕まって。
「つーかさ!!柘だってそうだろ」
春樹の発言で我に返る。
俺が、何?
「柘だって結衣ちゃんと一緒にいる時、楽しそうだろ」
「そりゃあまあ、楽しいけど」
「他の女の子といる時と顔が違うんだよ、お前の」
こいつがあんまりまじめな顔して言うから、
熱でもあるのかなんて言葉は喉から出てこなくなってしまった。
確かに結衣ちゃんは、結衣ちゃんだけは、泣かせちゃいけないって思ってるけど、
だけどそれは紅の大切な人だからで、俺がどうとかじゃないと思ってた。
でも最近少し違うなって思うようになったのは事実で。
あの子といると、馬鹿やって3人でつるんでる時みたいな安心感がある。
翡翠と話してる時の気楽さとはまた違う、居心地の良さがある。
あの笑顔だけは、あの場所だけは、壊しちゃいけないと思うようになったんだ。
それをまさか、春樹から言われるとは思ってもみなかったけど。
「とにかくさ!!結衣ちゃんに誤解されないためにも、こういうことを控えなさいって事」
「うん、ありがとう春樹、ごめんね」
春樹は少し驚いた顔をして「気持ち悪いなーなんだよ!!」と言って笑った。
「以上!!説教おしまい!!あー腹へったなー、昼飯おごりな!!」
「うん」
「あ、いっそさ!結衣ちゃんと付き合えばいいんじゃないか?まんざらでもないだろ」
「それ、お前が言っていいの?春樹」
笑顔で言って退ける春樹に若干の不憫さを覚えつつ、俺たちは美術準備室をあとにした。