白石春樹と比護健人のお話


昼を宣言通り柘におごってもらった帰り、
俺は柘の言っていた言葉を思い出していた。

『それ、お前が言っていいの?春樹』

結衣ちゃんのことを柘が気に入っているなら、付き合えばいいって本気で思ってる。
それで柘が丸くなって、あっちこっちの女の子と付き合わなくなればなおさらいい。

紅だってきっと結衣ちゃんのこと好きだから、紅が付き合うんでもいいと思ってる。
まあ、紅と柘が三角関係とかになって、今までみたいに遊べなくなるとかは、面白くないけど。
どっちかが付き合い始めたら、どっちかはあっさり引きそうな気もするし。
気まずくはならなそうなんだよなー。

そんな風に今後のビジョンまでしっかり考えられているはずなのに。
頻りに思い出される柘のその言葉は、まるで本当に良いのかと言われているように、
頭の中をぐるぐる回る。
そして少しだけ胸が痛んだ。

「逆になーにが駄目なんだよ」
「何の事だ?」
「うっわ!!!」

悪態をぼそっと口に出すと、ふいに後ろから聞こえた声に肩が上がる。
聞き覚えのある嫌な声だ。
よりにもよって、あんまり会いたくないときになんだってこう…

「なんだよその態度は!!これでもお前の先輩だぞ!」
「これでもとか自分で言うもんじゃないっすよ痛たたたたたギブ!!ギブ!!」

ヘッドロックされて、苦しくなって腕を叩く。
見上げたすぐそこにあったのは、やっぱり会いたくなかった健人先輩の顔だった。

「で、どうした。悩み事か?春樹苦しそうだもんな。青い春だなー先輩に相談してみろ」
「う、ちょ、まじで勘弁してください…げほ、先輩ほんと、手加減覚えて、」

苦しそうなのは、あんたのヘッドロックのせいだ。

「お、悪い」

そして先輩は悪気のなさそうに、ニヤッとしながら謝って言葉を続けた。

「そういえば、あの子と一緒じゃないのか?」
「あの子って誰ですか」
「ほら、えーっと…転入生の……ああ!!結衣ちゃん!!」

先輩の口からさっきまで頭にあった名前がでてきてドキッとする。
本当にこの人には、心が読まれてる気がして、落ち着けない。

「いつも一緒にいるわけじゃないっすからね。結衣ちゃん2年だし」
「そうかー?今年入って俺が来る時は大抵いつも一緒にいたろ?」

それは計ったかのように2人でいる所に先輩が登場するからで、
実際問題、結衣ちゃんが紅に用事がなければ、会う事も滅多に無い。
最近はようやく、廊下で見かけると話しかけてくれるようになった。
そんな些細なことが嬉しかったりするんだ。

脳内に、ふわっと彼女の顔が浮かんで消えていく。
そしてなぜかその度にぎゅっと心臓が痛くなる。何だこれ、病気?

「春樹ーおーい春樹!!」
「え!?あーすいません全然聞いてなかった」
「や、なんも喋ってないけどな」
「あ、そうっすか」

結衣ちゃんの事を考えると、他の事を考える余裕がなくなる、ような気がする。
周りの音とか、視界とか、全部シャットダウンされて、
結衣ちゃんの事だけでいっぱいになる。
今までたくさん女の子と遊びにいったり、相談にのったりしたけど、
こんなに自分がいっぱいになったことなんてなかった。
特別な友達、なのかなー

「結衣ちゃんがか?」
「うおう!!!え、今の、声に出てた!?」

俺が勢いよく取り乱せば、健人先輩はまたにやにや笑い始めて。

「何すか、気持ち悪い」
「春樹君は小学生みたいな恋愛してんのな」

恋愛…!?

血が顔に向かって上っていくのがわかる。恥ずかしくて沸騰しそうだった。
結衣ちゃんに恋愛感情!?意識しだすと止まらなくて、
何故だかまたふわふわと結衣ちゃんの顔が浮かぶ。

だから!!違うって!!!

「だああああああ!!ちっがう!!恋愛じゃなくて!!結衣ちゃんは、後輩なの!!」
「はいはい」
「にやにやしないでくださいって!!だから違うんです!!結衣ちゃんの事好きなのは俺の友達で…」

にやにやしていた先輩が、ふと我に返ったようになって、一瞬考えたような顔をした。
そして、

「じゃあお前は、結衣ちゃんとそいつが付き合っても何とも思わないんだな?」

と言って、俺の表情を伺うようににやっと笑った。

俺は頭の中で用意していたさっきの考えを口からだそうとして、出す事ができなかった。
やっぱり胸が痛くて、頭の中の結衣ちゃんが消えなくて、
柘とか紅が、結衣ちゃんと仲良くしている所を思い出しては腹の中がもやもやした。

ああやっぱ、病気かもしんない。

「せいぜい頑張れよ、春樹ー。俺、本気で応援してんだから」

口が開かなくなった俺の髪を再起不能にして、先輩はその場から去っていった。

「なんか、顔熱い…」

とりあえず次の授業は何も考えずに寝よう。
寝たらきっとこのもやもやした感じも治る気がした。