取越茜と宮園千里の話
体育の途中で抜けた事が結局バレて、後片付けを一人でやることになった。
はりたんも手伝うって言ってくれたんだけど、
はりたんに大変なことはさせられないから、丁重にお断りして、
で、今に至る。
「もーう。腕ぱんぱんだよー。ハードルあんなに運ぶ事、人生できっともうない!!」
独り言をもらしつつ更衣室へ向かう。はりたんが心配するかもだから、なるべくダッシュで。
しかし更衣室へ向かう廊下に、見慣れた後ろ姿を見かけた。
あれは間違いなく、
「ちーーーーーーーーーちゃんっ!!!」
大きく肩を揺らした後、何事もなかったかのように足を進める後ろ姿。
間違いない。この反応も、いつもの通りだ。
「もう!!ちーちゃんってばあ!!」
もう一度大きな声で呼んでみる。
周りは綺麗なおかっぱ頭の彼をちらちら盗み見るのに、
やっぱり本人は振り返らない。
こうなったら実力行使だ!!止まらないなら、止めるまで!!
「ええーい!!!とうっ!!!」
「っ!!!!」
さっき運動したばっかりだから、いつもより早く走れた気がした。
元々、考えないで直感で動く系は得意だ。彼の前まででるのは容易。
私はそのまま彼の目の前に回る。
彼の顔は眉間に皺を寄せ、さも嫌そうにしているいつものちーちゃんだった。
「ご機嫌麗しゅうちーちゃん」
「全然麗しくないです。むしろ不愉快極まりない。すぐに私から離れてください」
「えへへー体育だったんだー!!大変だったんだよ!!ハードルをね、たくさん」
ちーちゃんは盛大にため息をつくと、私を避け、また歩き出す。
「体育だったなら余計に近づかないでください。埃っぽいのは苦手なので」
「もうちーちゃん!!つれないよう!!」
私もその後ろをついていく。
「だから、何故ついてくるんですか」
「ついてきてるんじゃなくて、更衣室こっちなんだもん」
この態度にも、もうだいぶ慣れてしまった。
小さい頃から、美人で、かわいくて、なのに辛辣。
でもそれがちーちゃんの感情表現の仕方だから、もう慣れた。
最初の頃は、寂しかったかなー。それも、もう覚えてない。
今はこれで満足してるし、こういうやりとりも楽しい。
だけどここ最近新しい発見もあった。
ちーちゃんが笑うのを、できるだけ優しい口調で話そうと努力する姿を、目撃する機会が増えたのだ。
「まったく、そんなに冷たいとー、はりたんに言いつけちゃうぞ?」
ぴたりと、足が止まる。
最近のちーちゃんに、はりたんは絶大な効果を与えるらしくて、すごく面白い。
それにはりたんに話しかけるとき、できるだけ傷つけないようにって、
細心の注意を払っているのもわかる。
相手にかける言葉を選ぶちーちゃんとか、本当に久しぶりに見た気がして。
お家以外で、千草ちゃんと話す時以外で、こういう姿を見たのが久しぶりで。
なんだかすごく嬉しくて、だからこそ私は、はりたんのことが好きなんだ。
ちーちゃんがゆっくり、柔らかいものに溶けていっている気がして。
それがすごく嬉しい。そしてそれは確実に、はりたんのおかげだから。
「水野さん水野さんって、君はそればかりですね」
「だって、はりたんかわいいんだもん!!いくら話しても話足りないよ〜」
「馬鹿の一つ覚えとは、よく言ったものです。犬でももう少し利口ですよ」
「あーまたそういう事いう!!」
相変わらず辛辣な言葉。でも笑みがこぼれる。
「大丈夫?」ってはりたんが心配してくれた事があったけど、
本当に大丈夫なんだ。これが私たちの、ちーちゃんの『普通』。
というかむしろ、ちーちゃんとはりたんが喋ってる時の方がよっぽど『異常事態』なのだ。
「ねー、ちーちゃん」
「なんですかさっきから。それにいい加減にしないと授業に遅れますよ」
「最近、学校楽しい?」
また少し眉間に皺を寄せて「何を言ってるんですか君は」と、ちーちゃんはぼやく。
「はりたん来てから、にこにこちーちゃんの出現率が高くなってるんだよー!!」
「また、わけのわからないことを…」
「にこにこちーちゃんは希少価値なんだよー??はりたんの周りでね、出現率が高くなるの!!」
だから何を言っているんだという顔で、またちーちゃんはため息をつく。
でもその顔から、どこか楽しげな様子が汲み取れて、私は満ち足りた気持ちになった。
「ふふふーちーちゃんが楽しいと、私も楽しいよちーちゃん」
「よらないでください!!暑苦しい」
「ええーまったく、ちーちゃんは照れ屋さんなんだからー」
「何時私が照れたというのか、説明してもらいたいですね」
ちーちゃんの後ろに禍々しいもやみたいな物が見えたのと、チャイムが鳴るのはほぼ同時だった。
「君に関わっていたせいで、私まで遅刻じゃないですか!!」
「うわーい!!逃げるが勝ちだよちーちゃん!!じゃあねー!!!!」
背後から聞こえる不平不満を聞きながら、
ちーちゃんとはりたんが話している様子を思い出して、嬉しくなる。
このままちーちゃんとはりたんが、ずっと仲良しでいられたらいいのに。
はりたんがずっと、ちーちゃんを支えてくれたら良いのに。そう思った。