鳴海珊瑚と真野慎也の話
慎也は私と同じだった。
誰もいなくて一人ぼっち。
だけど慎也がいたから、私は一人じゃなくなった。
今でこそ、私にはお義父さんとお義母さんがいるけど、
やっぱり私には慎也が必要。慎也にも、私が必要。
そうだと思ってた。
部室から走り出し、廊下を駆け抜けて、一目散に慎也のもとへ向かった。
宮園先輩と話したことで、少しは落ち着いた心臓が乱れる。
廊下で、同じ部活のバカ女達に囲まれている慎也を見て、再びイライラも募る。
近づいて、可愛い子ぶって、キャーキャー騒ぐ慎也の取り巻き。
あんなのは私の敵じゃない。私のほうが1億倍くらい可愛いし。
何も分かってないあんな子達より、慎也のことだって知ってる。
「慎也!!」
少し離れた所から大きい声で叫んだ。慎也の周りが急激に静かになる。
入学してからいつもこうやって慎也の周りの女を牽制してきた。
もう、学校で知らない人はいないと思う。だってそれが狙いだから。
噂が広まれば広まるほど取り巻きは減っていた。
『面倒な後輩の女の子』『真野くんの彼女』『妹』
認識は様々だったけど、私と関わりたくなくて、慎也を遠くから見ている子が多くなった。
ファンくらいだったら、私だって許せる。
だけど、隣はだめ。慎也の隣は、私だけの居場所。
それがどんなに慎也に迷惑かもわかっている。
今も、ゆっくりとこちらを向いた呆れたような目に、少し心が痛んだ。
お願いだからそんな顔しないで。
その視線から逃げるように、私は周りの女達を睨んだ。
迷惑とか、構っていられなかった。こんな子たち敵じゃないのに、余裕がない。
「あんた邪魔、あんたも、あんたも邪魔!!」
一人ひとり確実に慎也から引き離す。
文句を言いたそうな目も、平然を装っている言葉も、すべて私の勝ちを物語っている。
やっぱりこんな人達、慎也にふさわしくない。
「馴れ馴れしく慎也に触んないで」
全員を威嚇して慎也から離した後、手を掴もうとすれば、その手は宙をきった。
すっと目を細めて私を見た慎也は、彼女たちに「本当にごめんね」と繰り返す。
触れられなかったその手が、とたんに温度をなくしていく。
拒まれた手が、痛い。
「ごめんね、今日の話はまた明日教室で」
「あ、うん、大丈夫」
話しかけられた女の、ほっとしたような声に、イライラは加速をやめた。
遠ざかる何人もの足音を聞きながら、冷たくなった手を握りしめる。
しばらくして静かになった廊下に、細いため息が漏れた。
「最近多いけど、嫌がらせ?」
降ってきた声は鋭くて冷えきっていた。
視線は今だ私のほうを向かず、見えるのは横顔だけ。
「だって、」
声が震える。まるでさっきの視線に、鋭い声に、体が凍ってしまったようだ。
「それに過剰すぎる。これ以上ひどくなったら、俺も怒るよ」
それだけ言うと慎也は結局こちらを見ずに歩き去ってしまった。
一人残された廊下で再び頭が働いたときに浮かんだのはやっぱりあの女だった。
あの女が慎也に近づいてから、慎也は楽しそうに笑うことが多くなった。
向けられる笑顔が違うことくらい、私にはわかる。
妹のように。そう。妹のようにいつも一緒にいたから。
慎也のことをだれよりも知っていて、慎也のことをだれよりも好きだって自信があった。
慎也の隣にふさわしいのは、私だって、そう思い続けてきたのに。
水野結衣が、あいつがきてから、私の自信は揺らいでしまった。
慎也の隣に、いることができないかもしれない。
不安が焦りを生み、焦りが怒りを生んで、苛立って。
慎也の取り巻きを強く牽制しては、慎也の隣から私も離れてしまう。
空回って、私はこうして廊下で一人なのだ。
隣に慎也はいない。
「…全部、あんたのせいなんだから…」
力を入れて涙を堪える。放課後の廊下に、私を慰めてくれる声は、もうない。
『お前、一人ぼっちなんだな』
あの頃の声は、もう、私にしか聞こえない。
『大丈夫、俺もずっと一人だ』
一度こぼれたら涙はとまらなくて、誰もいない廊下で私は泣いた。